寺院紹介

真言寺院

真言宗豊山派方等院は愛王山と号す。
本尊は愛染明王なり。
(もとは不動明王、愛染明王の二体とす)
不動の像は智證大姉の作とし、愛染の像は弘法大師の作と
称して熱田神宮内、奥の院愛染院の本尊を彫刻せしとき、
その余木にて作られたと伝わる。
寺伝によれば、
至徳3年(1386)尾張の国清洲城下に創建、
その後清洲城下町の名古屋移転と同時に西区車之町
(現在の中区丸の内)あたりに移転。
《いわゆる清須越し》
寛永6年(1630)尾張藩祖義直公の室である高原院より
所望があり西区菅原町3丁目(現在の中区栄)を賜り移転。
昭和12年(1937)現在の地に本堂・開山堂・庫裏を
建設し移転。
昭和20年(1945)3月24日の名古屋大空襲にて
全焼し、決死の覚悟で持ち出せし御本尊および
わずかな宝物を残し灰燼に帰したと伝わる。
昭和23年(1948)庫裏・講堂を再建し幼稚園を開く。
(至誠幼稚園、昭和33年閉園)
平成20年(2008)本堂、納骨堂(東海初の自動搬送式)、
庫裏を建立し、宗祖弘法大師のお導きにより開かれた
方等院覚王山陵苑として現在に至るまで仏法を伝う。

愛王山方等院

現在は最新の納骨堂設備を備える近代的な建物のお寺ですが、方等院は古くからこの地域に根ざし、大都市名古屋の原点ともいえる「清須越し」や、名古屋大空襲での伽藍全焼を経験しながら現在に至るまで仏法を伝えてきたお寺です。
総本山は奈良県にある長谷寺。長谷寺は全国に約3000ヵ寺ある真言宗豊山派寺院の総本山で、四季を通じ「花の御寺」としても有名です。

■昭和12年当時の「愛王山 方等院」と「本尊愛染明王御渡行」写真

御本尊

【御本尊】愛染明王坐像(あいぜんみょうおうざぞう)

愛染明王とは、人間の欲を生きるための根本的な意欲へと高めてきよらかな菩提心(悟りの心)に変える力を持ち、煩悩即菩提を象徴した仏さまです。
頭には獅子の冠をかぶり、六本の腕に五鈷鈴(ごこれい)、五鈷杵(ごこしょ)、蓮の花、弓と矢を持っています。

<ご真言>おん まからぎゃ ばぞろ うしゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく

方等院の僧侶

住職あいさつ

小生は第27代住職、野口尚快と申します。
私自身、長いサラリーマン時代を過ごしながらお寺のありかたを考えておりました。
そして、故人様や参拝者様のお気持ちに寄り添い、気軽に安心してお参りできるお寺を志し、自動搬送式納骨堂や法事のための施設を備えた新しいかたちのお寺を建立しました。
おかげさまで、落慶以来、大変多くの方とご縁をいただくことができました。
方等院はお墓を永代に亘って護ることが使命であります。
世の中、様々な宗旨宗派がございますが、宗派の垣根を越え、頼って来られた方々を安心へ導くのが菩提寺であると考えております。

僧侶一同

私たちが方等院の僧侶です。
心を込めてお勤めします。
<住職・副住職・院代3名>

※その他、法話会や行事の際に法類のお寺から僧侶をお招きすることもございます。